出発準備  1/12 終日 1/13 午前 1/13 午後 1/14 午前 1/14 午後 1/15 その後

■サンライズ

 5時に起き、5時40分にホテルを出発した。真っ暗の道を揺られて、再びアンコールワットの堀へたどり着いた。
 途中デジカメの電池の残量が少ないという表示が出ていた。替えのニッカド電池は、初日の夜の白煙トラブルに見舞われていたので、今回はアルカリ電池を利用。日の出の撮影に万全を期して望んだ。



▲アンコールワットに向かうバスの中で...5時50分を指している


 西塔門を入った脇の、中央塔を見渡せる場所で座れるところを陣取った。中に入った時は、懐中電灯を照らさないと階段を登れないほど暗く、デジカメから撮影しても真っ黒の画像しか写らなかった。
 800年前に積まれた石に抱かれて日の出を待つ時間は、歴史の中に包まれているようで、豊かな時間な気がした。





 ぼんやりと待っていると、徐々に、空全体が明るくなりはじめた。ゆっくりと、しかし確実に、空の色が変わってゆく。真っ暗から白みがかりはじめ、それが、ある瞬間を境に急に赤みが強くなっていく。
 その赤は、写真では伝えられないほど赤い。
 めったに見ることの無い赤だった。血のようでもあり、炎のようでもあるが、この赤を正確に表現する語彙を私は持ち合わせていない。

 日の出は、最終的には雲がかかってしまった。東京を発つ時になんとなく、シェムリアップの日の出が見えないような気がしていたので、それほど残念な気はしなかった。それに、太陽本体こそ目にすることは出来なかったが、その分この赤い雲の演出を目にすることができたので、十分に満足だった。そしていつの日か再びアンコールを訪れる理由を手にすることができた。



 ちなみに、撮影の途中で、アルカリ電池をいれたデジカメが早速電池切れになった。新品のアルカリ電池だったので、そんなに早く尽きるとは予想しておらず、ニッカド電池とアルカリ電池の力の差を感じた。結局初日の晩に白煙を出したニッカド電池をこわごわ投入した。特に問題なく、この電池で旅程最後まで通すことができた。

■朝

 ホテルに戻ると、朝食だった。手短に朝食をとり、散歩にでかけた。
 昨日の朝、ガソリンスタンドだと思っていた場所の奥に、おそらくシェムリアップ唯一のコンビニである「StarMart」を確認。昨日、ケリアが、「スターマート行きました?」と聞いていたので、現地ではかなり珍しい場所なのだろうと思った。

 中に入ると、カンボジア独特の土の香りはまったく無く、まさにコンビニだった。値段はほぼ全てドルでついていた。私は、その日使うためのミネラルウォーターと、おみやげ用の「ドリアン風味ウェハース」を購入。二つで1.1ドルだったので、2ドル出した。すると、200リエル1枚と100リエル1枚をおつりとして出してきた。そのときは特に気にしなかったが、後からよく考えてみると、1ドルは約3,500リエルなので、おつりは3,150リエルくらいあるはずだ。つまり3,000リエルちかくごまかされたことになる。日本円にして100円くらいだったが、どうも気持ちのいいものではない。

 StarMartの近くに、露天で、新聞とアイドル冊子らしきものを販売しているところがあった。これもお土産にいいかな、と思って店の人に値段を聞くが、クメール語で返事をしてくるので、値段は良くわからなかった。バイクタクシーの兄さんも会話に参入してきて、ようやく、3,000リエルだというのが分かった。私はそのとき1,300リエルと10ドルくらいを持っていたので、「ダラー、OK?」と聞くと、「NO」と言われた。すぐに両替できそうなところもなかったので、結局その冊子はあきらめてホテルに戻った。

 上から100リエル、200リエル、500リエル

 ホテルにもどると、そろそろ出発の時間が近づいていた。20分ほど散歩しただけだったが、すでに汗だくになっていた。部屋でアンダーシャツを着替え、出発の準備をした。

■午前(プリアカン〜ニャック・ポアン〜東メボン〜プレ・ループ)

【プリアカン】

 午前に訪問する遺跡の最初は、プリアカンだった。バスを降りて歩き始めると、遺跡中央に向かう道には日本の燈篭のような建造物が、道の両脇にずらっと並んでいた。その燈篭の下半分には、ヒンドゥー教上の動物であるガルーダが彫ってあり、上半分には、人物型のくぼみが彫ってあった。解説によると、かつてこの上半分にはお釈迦様が座っている彫刻がなされていたらしい。作られたときには、仏教とヒンドゥー教が共存していたが、ヒンドゥー教がこの国を制覇した時代に、お釈迦様の部分が削りとられてしまったらしい。
 学生時代は、社会科全般について苦手意識があり、それゆえ、歴史にはあまり興味をおぼえなかったが、こういった、時代の変遷がリアルに刻まれたものを目の当たりにすると、改めて歴史を知っておきたいという欲求が湧き上がってくる。



▲(左)上半分のお釈迦様像が削られた燈篭 / (右)プリアカンの概観


 プリアカンの中は迷路のようだった。壊れた遺跡の破片が比較的そのまま放置されていたからかもしれない。アプラサの踊りが刻まれた岩を眺めながら、案内されるがまま歩いていく。崩れた遺跡をゆっくりと抜けていくと、15分くらいで反対側へ出た。遺跡を出ると、7〜8歳くらいの売り子がぽつんとたたずんでいた。


▲プリアカンの中身( 2.9MB )




▲プリアカンの遺跡にたたずむ物売りの女の子


 遺跡の周りにはこういった売り子が必ずいた。中には日本語のかなり上手な子もいた。旅人がつかまるのは小さい子供達の方が多いが、商談が煮詰まると、十代半ばくらいの大き目の子供が出てくることもあった。
 ケリアは子供達とのやりとりをいつも遠巻きに見ていることが多かった。ケリアの子供時代は、カンボジア国家が大きく揺れた時代だっただろう。彼女の目には、遺跡で物売りをしている子供達はどのように映っているのだろうか……。


【ニャック・ポアン】

 続いて訪れたのは、ニャック・ポアンだった。「大回り」と呼ばれる観光用の舗装道路から少し外れて、狭い道路へとバスは乗り入れた。
 バスを降りて遺跡に向かう道を歩いていると、警官らしき人が、警察バッチを見せながら近づいてきた。そして我々に、「ホンモノ、40ドル」と言ってきた。出発前の情報収集で、「警官が警察バッチを売りつけてくる」という話を読んでいたので、私は、ああこれか、と納得した。
 後ほどケリアに聞くと、彼らは「国」の警官ではなくて、この地区の地元の警官で、給料が低いので警察バッチを売ろうとしているそうだ。

 ニャック・ポアンは、かつて、一般の人たち向けの療養所だったという。1月は乾季だったので、五つある沐浴場はどれも乾ききっていた。これが雨季になると、水がたまり、沐浴場らしくなるらしい。良く見ると確かに、沐浴場の下り階段の途中から、岩の色が変わっていて、そのラインまで水がたまっていたことが良く分かる。雨季になったらまた訪れたい遺跡である。



▲ニャック・ポアン(6.0MB)




【東メボン】

 三つ目は東メボンの遺跡であった。ここは、東バライと呼ばれる、かつての大きな貯水池の中央に浮かぶ寺院であったらしい。それゆえ、船着場がそのままその入り口になっている。もしこの東バライがまだ水をたたえていれば、ここには船でたどり着くことになっただろう。千年前に作られた貯水池を越えて、千年前の遺跡に足を踏み入れる、そんな想像をしながら、東メボンの石を踏みしめた。



▲東メボン外観


 東メボンでは、今回の旅行におけるベストショットを撮ることができた。東メボンにいた物売りの少女が、カメラ目線で笑顔を見せてくれたのだ。

 Tシャツと巻き布を、達者な日本語で我々の一行に売ろうと頑張っていた。同行のご夫婦の一人が、根負けして買おうとしたが、大きな額のドル紙幣しか持ちあせてなかった。ケリアが、クメール語で「おつりある?」と聞くと、少女は、達者な日本語で「ちょっと待って」と言って、駆け出して行った。その日本語が余りに自然に、とっさに発せられたので、我々は思わず笑ってしまった。彼女の言葉通り少し待っていると、他の売り子に分けてもらったのか、おつりのドル紙幣を持ってきた。

 彼女は我々が東メボンを去るまでついてきていた。別れ際にカメラを向けると彼女は笑顔を返してくれた。そして私が撮り終わるとすかさず日本語で、「もう一枚3ドル」と日本語で言ってきた。たくましく生きているなぁ、とこれまた感心して笑ってしまった。

 バスに乗り、東メボンを後にしながら、「頑張れよ」と心のなかで呼びかけた。







【プレ・ループ】

 午前中最後の訪問地はプレ・ループだった。プレ・ループはこの付近では高さがあるので、その中央祠堂からの眺めが良かった。北を見ると、先ほど訪れた東メボンが頭を覗かせていた。西には、はるか遠くに、アンコールワットの尖塔が芥子粒のように小さく見ることもできた。



▲(左)プレ・ループの中央塔から見下ろす / (右)北に見える東メボン




▲(左)プレ・ループの中の像 / (右)両手を腰に当てて景色を眺めるケリア



■お昼



 旅のしおりには、お昼ご飯は、名物料理ココナッツカレーと書いてあった。カンボジア料理の傾向はなんとなく分かってきて、自分の口に合うには少し時間がかかりそうだという気がしてきていたが、カレーということであれば、口に合わないことは無いだろうと期待していた。

 チャオプラヤーという店にたどり着くと、カレーの香りというよりは、カンボジア独特の脂っこく少し甘酸っぱいにおいが立ち込めていた。ここはバイキング形式だった。まず最初にテーブルで飲み物を頼んだ。私は相変わらずミネラルウォーターを選んだ。
 私は食べられるもの・食べられないものを判別するために、バイキングの料理を一品ずつ少しずつ皿に取った。一旦席につき、それを一通り賞味する。トムヤムクンは、見た目はおいしそうだったが、食べるにはかなり厳しいものがあった。鶏肉を野菜と一緒に炒めたものと、魚のカライスープ(と書いてあった)が、中々良かったので、再度席を立ち、ご飯とその二品を中心に皿をいっぱいにした。
 その後、フルーツを若干取った。フルーツはあまり冷えてなかったので、いまいちだった。

 おなかがいっぱいになったので、同行のご夫婦と雑談を交わしていたら、ケリアがやってきた。「もうよろしいですか」 私達は、うなづくと席を立ち、店を出た。そして一旦ホテルに戻り、休憩時間となった。


▲チャオプラヤー レストラン



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